基本情報
- 城名:唐沢山城
- 別名:牛ヶ城(うしがじょう)
- 城地種類:山城
- 主な城主:佐野氏
- 住所:栃木県佐野市
- 交通:東武佐野線「田沼」駅から徒歩で45分
マップ
唐沢山城
皆さんこの唐沢山城をご存知でしょうか?
この唐沢山城の主な城主が佐野氏です。全国の教科書に載らないようなお城や人物ですが、この唐沢山城を巡った戦いは非常に多く、その戦いを総称して「唐沢山城の戦い」と呼ばれています。⚔️
この城の主人公は、「佐野昌綱(さのまさつな)」です。戦況を見定めて、うまく戦国の世を生き抜いた人物です。😑
今回は、「唐沢山城の戦い」をご紹介すると共にお城を紹介していきたいと思います。
入口
お城の西側に駐車場があり、今回はそこからご紹介します。🚘
入り口すぐは、くい違い桝形虎口(ますがたこぐち)となっており、侵入者を阻みます。✋
天狗岩
入口入って右側に天狗岩の入り口があります。👺山頂からは南と東へ視界が良好で、戦国時代は物見櫓や大筒があったとされています。
唐沢山城の戦い
唐沢山城の戦いは1560年から10年にわたり、この地を治める佐野氏が北条氏康をはじめとする北条氏と、上杉謙信をはじめとする上杉氏のはざまで、死闘を繰り広げた戦いの歴史となります。😰
佐野昌綱からしてみたら、勢力の大きい二つに挟まれ、生きた心地がしなかったに違いありません。茶葉丸のイメージはこんな感じです。
大炊(おおい)の井戸と神橋
籠城には欠かせない重要なもの、それは水です。💧この井戸は口径9m、深さ8m以上の大きな井戸で、今もなお涸れることなく水を蓄えてます。
大手道
当時における最終段階の大手の道筋が残されており、西から東に向かって登る形となります。
向かうと左手に「三の丸」「二の丸」があり、右手は崖になっている為、ここから攻め入るのは至難の業であったことがわかります。🏯
それでも戦った佐野昌綱
勢力の大きい北条氏、上杉氏の狭間にありながら、佐野昌綱はこの唐沢山城で防衛線を繰り広げています。その回数は9回で10年にも渡る戦いとなります。😱
その後、1574年に佐野昌綱はこの世を去り、嫡男の宗綱が跡を継いでおります。その後も上杉氏や北条氏に対抗しつつ、唐沢山城は江戸時代に廃城となっております。
南城址(スタンプ台あり)
蔵屋敷、武者詰等があった場所で、現在は唐澤山神社の社務所があります。⛩
社務所の玄関前には「日本100名城」のスタンプ台があります。
唐澤山神社
本丸には藤原秀郷公を祀った唐澤山神社があります。藤原秀郷は「むかで退治」伝説や天慶の乱の英雄として有名らしいのですが。🐛
天慶の乱?むかで退治? 知らんなぁー。
二の丸
二の丸からは、本丸の見事な高石垣を見ることができます。最大で8mの高さを超えるそうです。
その他(金の丸や避来矢山など)の見どころ
感想
唐沢山城も佐野昌綱も正直知りませんでしたが、調べてみたら面白い。勢力の小さい大名が戦国を生き抜くのに、いかに大変だったかわかりました。🫣
9度も戦った関東一の山城を皆様も訪れてみては如何でしょうか。