基本情報
- 城名:福山城(ふくやまじょう)
- 別名:久松城(ひさまつじょう)
- 城地種類:平山城
- 築城者:水野勝成
- 住所:広島県福山市
- 交通:JR山陽本線、山陽新幹線「福山」駅 徒歩5分

マップ

福山城
福山城は広島県福山市にあるお城です。
元和8年(1622)徳川家康の従兄弟・水野勝成(みずのかつなり)が福山十万石の領主となって築城しました。🏯



福山城は珍しいお城なんだよね。
福山城は福山駅の目の前に位置し、福山駅新幹線のホームから間近に見る事できます。🚅



パンダのような白黒の天守
福山城天守は北側の壁だけ黒く塗られ、その他の側面は白い壁となっており、まるで白黒のパンダのようなお城になってます。


なんで、北側だけ黒いの?
福山城は天守の位置が城郭内北側に寄っており、敵から直接天守を攻撃される事に備えて、北側の壁に鉄板を張ってます。
鉄板を張っている部分を黒く塗った為、他の城にはない珍しい白黒の城となりました。

水野勝成(鬼日向の異名)
水野勝成という有名な武将の人生はとてもおもしろいです。彼は16歳の時、お父さんと一緒に織田信長という偉い人の家来になり、「高天神城の戦い」に参加しました。
初めての戦いで15人もの敵を倒し、信長から「すごい活躍だ」とほめられました。😊



でも、21歳の時、勝成はお父さんの大事な家来を切り殺してしまい、お父さんに「出て行け!」と言われて、色々な場所をさまよいました。



家:まぁまぁ、親子仲良く。なかよくじゃ。
36歳の時、家康が仲直りさせてくれて、お父さんの所に戻りましたが、そのすぐ後に、お父さんは敵に殺されてしまいました。それで、勝成は刈谷藩(現在の愛知県刈谷市)の領主になりました。🧐



関ヶ原の戦いの前の大垣城攻めに参加し、勝成は家康の命に従い、総大将(みんなを指揮する偉い人)として大活躍しました。この功績もあり、当時は誰も欲しがらなかった「日向守(ひゅうがのかみ)」という称号(偉い人の名前)をもらいました。


その後もたくさんの戦いで勝成は活躍し、「鬼日向(おにひゅうが)」と呼ばれるようになりました。そんな活躍のおかげで、備後(びんご)という大きな領地ももらいました。👹


感想
福山城は、その歴史的価値と美しい景観が訪れる人々を引き込む、広島県を代表する名城です。是非、一度訪れてみてはいかがでしょうか。🤗
歴史の風を感じながら、美しい自然と調和した城郭の魅力を存分に堪能してください。
